PTジャーナルをパラパラとめくっていたら、面白い特集記事を見つけました。
循環器理学療法界を牽引されている存在の1人である高橋哲也先生が、2020年1月に執筆されていた「急性期病院で働く理学療法士のミニマムスタンダード」という記事です。
現時点での自分の実力・技術の不備を考えさせられる内容であり、個人どころか今後の職種全体的な到達目標の1つとして重要な考え方であると感じたので、共有させて頂きます(私の個人的なフィルターがかかっているので、是非原文もお読みください)。
そもそも「ミニマムスタンダード」とは?
直訳すると「最低限の基準」です。
急性期の理学療法士における場合として言い換えるならば、「急性期の理学療法士を名乗り施術やサービスを提供する上で、これだけは知っていたり、発揮したりできなければならない最低限の知識や技術」となります。
いわゆるリハビリ職が供給過多の昨今、数に埋もれて提供するセラピーの質の低下を意識している方々も多いことと思います。
そんな中でもその状況を改善しようと教育に励まれる先生、研究に奮闘される先生、仲間同士で技術を高め合う先生などいらっしゃいます。
今後を見据えて、職業として淘汰されないような個人の努力ももちろん大切ですが、質の確保には全体のレベルの底上げが必要であり、そのために資格を手にするためのミニマムスタンダードである国家試験とは違った形で、臨床的な視点から最低限の基準を定める必要があるという思いの込められた言葉であると感じました。
今回参考にさせて頂いたのは、以下の記事です。
高橋哲也,森沢知之,他:特集 急性期病院で働く理学療法士のミニマムスタンダード.PTジャーナル.2020; 54: 10-20.
興味があれば原文を一読下さい。
ミニマムスタンダードがあることで何が可能となるのか
医師や看護師の方々と職場の事務的な会話ではなく、飲み会などで腹を割って話ができる場において、愚痴を聞いたり、仕事がどんなに大変なのかであったりを、しっかり会話したことがありますか?
理学療法士という職業について考えた時、世間的にはリハビリ職であるという認識はあっても、よく聞いてみると、マッサージ屋のようなイメージを持っている人がいたり、柔道整復師や整体師と同じだと考えている人がいたりします。
同じ病院で勤務している看護師や、中には医師でさえ、理学療法士の仕事がどんなものかきちんと理解できていない人がいるほどです(大問題です)。
特に、急性期の理学療法士は何のためにいるの?という疑問を研修医の先生方から聞かれることがよくあります。
そんな時に、急性期でとりわけ集中治療室におけるリハビリテーションの成す意味を、チーム医療の観点から標準言語として他職種に示すことができる虎の巻のような存在になりえます。
そうして理学療法士の仕事を理解してもらうことによって、個人の存在価値や、全体の職域拡大にも繋がっていきます。
また、リスクが高い領域で務めを果たす以上、もちろん知識や技術や理論や能力や行動のベースアップにも寄与していくと思われます。
原文ではこの他に、評価項目が定まることで他施設参加による大規模疾患登録(レジストリ)研究が実現できるかもしれない可能性について述べられていたり、学生教育への利用が言及されています。
ミニマムスタンダードの一例として、周知のように2017年2月に日本集中治療医学会より「集中治療における早期リハビリテーションエキスパートコンセンサス」では、離床開始基準・中止基準が提示されています。
理学療法士に求められるミニマムスタンダード一覧
「オセアニア地区のクリティカルケアにおけるPTのミニマムスタンダード」を本文の内容などを参考に改変してまとめたものです。
個人的なメモの意味合いが強いので、話半分でご覧ください。
数は多いですが、どれも臨床的には重要な項目ばかりであり、実際のところこれら全てに習熟していないと、急性期医療におけるチーム医療の一員として、信頼し合って職務を全うすることへの寄与は困難な印象があります。
1.以下の「データ項目」を正確かつ独立して評価することができる
- ベッドサイドでの検査測定:体温、呼吸数、呼吸パターン、胸壁の観察、聴診、血圧、心拍数、体重
- モニター心電図の解釈:洞調律、Af、AFL、VT、VF、CPA、VPCなど
- 経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)
- PETCO2
- 水分の出納:尿量、飲水量、体重、中心静脈圧(CVP)
- 血糖
- 血液データ:Hb、血小板、凝固能(PT、APTT、ACT、AT)、トロポニン、WBC
- 生理検査データ:肺機能検査(スパイロ、フローボリューム検査など)、喀痰培養、SPP、ABI
- 腎機能検査:尿量、GFR、Cr、BUN
- 肝機能:
- 心臓超音波エコー(UCG)
- 画像検査データ:胸部X線、MRI、CT
- 神経学的検査:頭蓋内圧(ICP)モニター、脳灌流圧(CPP)、脳室ドレナージ、鎮静深度(RASS、RSS)、意識レベル(GCS、JCS)、運動と感覚の神経学的評価(ASIAスコア、ブルンストロームステージ、痛みなど)
- 血液ガスデータ:pH、PaCo2、PaO2、SaO2、P/F比、HCO3、過剰塩基
2.「高度な血行動態モニタリング」の知識があり、評価できる
- 植込み型または体外式ペースメーカーについて(ペーシング波形の検出)
- 観血的動脈圧測定(Aライン)
- スワンガンツカテーテル:心内圧、肺動脈楔入圧(PAWP)、心拍出量(CO)、心係数(CI)、混合静脈血酸素飽和度(SvO2)
- 中心静脈カテーテル:中心静脈圧(CVP)
3.「医療機器・器具」の理解、それらの取り扱い、理学療法への影響
- 酸素療法装置
- 気管内チューブ、気管切開、気管カニューレ、ミニトラック
- 動脈ライン
- スワンガンツカテーテル
- 中心静脈カテーテル
- ドレーン:胸腔、心嚢、縦隔、腹腔、骨盤腔、創傷
- 膀胱留置カテーテル
- バスキャスカテーテル、血液透析、持続的静脈血液濾過(CHDF)
- 経鼻胃管
- 頭蓋内圧モニターと脳室ドレナージ
4.「薬物療法」の作用動態と、動作(運動療法)時の影響
- 循環作動薬(ドーパミン、ドブタミン、ミルリノン、ノルアドレナリンなど)
- 降圧薬(βブロッカー、ジルチアゼムなど)
- 抗不整脈薬(アミオダロン、ジゴキシンなど)
- 鎮痛薬(オピオイド、オピオイド拮抗薬、NSAIDs)
- 気管支拡張薬(β2刺激薬、抗コリン、テオフィリン)
- 粘液溶解薬
- 鎮静薬(デクスメデトミジン、プロポフォール、ミダゾラムなど)
- 筋弛緩薬
5.「人工呼吸器、補助人工呼吸」の基本原理
- 持続的気道内陽圧(CPAP)
- 呼気終末陽圧(PEEP)/呼気気道内陽圧(EPAP)
- プレッシャーサポート/吸気気道内陽圧
- 同期式間欠的強制換気(SIMV)
- アシストコントロール
- 圧補正従量式換気(PRVC)
- BiLevel
- 人工呼吸器離脱プロトコル
6.「人工呼吸の設定・測定値」の解釈(安静時・離床時)
- 呼吸回数
- 一回換気量
- 呼吸様式(自発・強制・補助)
- 吸入酸素濃度のレベル
- 呼気終末陽圧(PEEP)のレベル
- 吸気時間
- 流量
- 感度
- 圧サポートレベル
- 最高気道内圧
- 呼吸仕事量
- 患者-人工呼吸器非同調
7.「疾患」の病態、特徴、医学的管理、理学療法への影響の理解
- Ⅰ型/Ⅱ型呼吸不全
- 市中肺炎/医療介護関連肺炎/院内肺炎/人工呼吸器関連肺炎(VAP)
- 胸水
- 閉塞性肺疾患/拘束性肺疾患
- 化膿性肺疾患
- 急性肺障害(ALI)/急性呼吸促拍症候群(ARDS)
- 急性冠症候群:狭心症、ST上昇型/非上昇型心筋梗塞(MI)
- 心原性ショック
- 心不全
- 心大血管術後
- 胸部/腹部術後
- 整形外科術後
- 腎不全
- 膵炎
- 免疫不全
- 代謝・電解質異常
- 全身性炎症反応症候群(SIRS)
- 敗血症性ショック
- 多臓器不全(MOF)
- ICU-acquuired weakness/delirium(ICU-AW/AD)
- ギランバレー症候群
- 血栓塞栓症(肺血栓塞栓症、深部静脈血栓、脂肪塞栓)
- 脳内出血、クモ膜下出血
- 脳梗塞、血栓性脳血管障害
- 外傷性脳損傷
- 胸部外傷
- 多発外傷
- 脊髄損傷
8.理学療法テクニックの適応、禁忌、エビデンス、実践
- 咳嗽の効果・質の評価(自発呼吸下および人工呼吸下):CPFなど
- 酸素療法の開始および滴定
- 加湿
- アクティブサイクル呼吸法:呼吸コントロール、胸郭拡張、強制呼出手技
- 徒手的排痰手技:軽打、振動、揺すり
- 気道クリアランスのための陽圧装置:AstraPEP、PariPEP、TheraPEP、またはAcapellaやFlutterのような振動呼気圧力装置
- 口すぼめ呼吸
- 吸気保持・最大吸気持続法
- 効果的な咳嗽のための指示
- 咳嗽介助(胸壁、肋骨弓下部へのスラスト)
- 徒手的肺過膨張(マニュアルハイパーインフレーション)
- 栄養リハビリテーション、炎症
個人的に感じる必要性
運動療法や機能訓練が重要となる回復期や、あるいは生活環境設定や介護保険領域との連携が重要となってくる維持期などとは違い、急性期では治療ありきで狭義のリハビリテーションが展開されていきます。
その中でシームレスに治療と訓練を移行していくためには、医師と同等程度までの知識は持ち合わせているのが理想であり、訓練をしていくことに対する協議を対等の立場で責任をもって進めていかなければなりません。
よって求められるものは非常に多岐に渡り、かつ深くなってきます。
本文に書かれているように、「時代劇の切られ役のように、いつ病棟に来たのか分からず、いつの間にかいなくなっている」と揶揄された急性期理学療法はもう過去の話です。
チームとして医療を発揮して、患者にとってマキシマムな結果を生むために、理学療法士としてのミニマム+αを備えた人材になることが求められています。